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MasashiSalvador(在日東京人) / 茶道 / 音楽/ 映画/ 雑記

科学者を志すのをやめた理由の1つ

ボスと議論していると非常に不愉快に感じることが多々ある。55以上である程度自分のモデルの正統性が確立できていない研究者は表舞台から退場するべきだと思う。もちろん何を持って確立したと判断するかは非常に難しい問題をはらんでいて、流行り廃りに乗っ取った研究のほうがインパクトファクターの高い雑誌に乗りやすいのは確かである。まあそれはインパクトファクターの定義からも明らかなのであるが。生物のモデル研究なんて言うのは基本方程式もクソもないんだから、結局のところ実験データの理論的解釈は自分のモデルに都合のいいように解釈するのだ。どいつもこいつも、最小限仮定していいことが何かも定めずに進むなんてあまりにも馬鹿げている。仮定と仮定の間の差異について議論することが理論の一貫性についてかなり本質的だと思うのだが、ボスはどうもその辺の解釈がおかしいらしい(まあそりゃあラボが存続できなくても当然だよねと思う)
どっかに結果を投稿しろとか言われているが、あまりにも(議論するのが)面倒になったら単著で出してもらうか、このブログに研究結果を英文で全部公開してジャーナルに収録されないようにするのも一興である。修士号が確定した後に学生がそういうふうに反逆してきた場合、研究室側は何かしらアクションをとれるのかね?守秘義務契約など結んでいるならまあ訴訟にはなるんだろうけど、僕のようにラボ指定の研究ノートに何も残さずに自宅のノートに研究結果をまとめている人間はどこで研究をしたことになるのだろうか(僕の場合研究所とは守秘義務契約を雇用の際に結んでいるが、大学とは書類を交わしたことはない)その辺の制度設計の甘さも含めて東大とか研究所の連携はひどいものだと思いますよ。少なくとも学生を受け入れやすいようには設計されていない。

愚痴はともかく、サッサとまとめて叩きつける次第