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MasashiSalvador(在日東京人) / 茶道 / 音楽/ 映画/ 雑記

ペルセポリス ドイツ人とガイドの喧嘩を見ながら

雨降りのシーラーズ

歩き方の項目を何度も何度も読み返すくらいに楽しみにしていたペルセポリス。タクシーの運転手と面倒な交渉をして疲れ果てるのが嫌だったのでおとなしくツアーを申し込むことに、少し離れたパサルダガエも見学できるから丁度いいと思ったのだが、この日は雨模様、結局パサルダガエ近辺は大雨が降っており、到達できなかった。

まずはナグシェ・ロスタムへ

このように墓が並んでいる。遺跡ってのは何だかんだで見てるとワクワクするんですよね。しかも紀元前に作られた物と言われるとなおさら。
臣民が王を支える図が見える。
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ローマ皇帝の手首を掴んでいる。
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同じ形式で墓を作るっていうのは宗教的意味合いもあると思うんだけれど、ダレイオス一世を含め当時の王たちは自分たちの王朝が永遠に続くことを望んでいたのだろうか?(そりゃそうだと思うけれど)
ガイドの解説に何度か同じツアーに参加しているドイツ人3人組の一人が噛み付いていた。あとで積もり積もってガイドを怒らせることになる。

序盤のメインディッシュ:ペルセポリス

各属州の王たちが馬で登っていった階段をあがる。遠目に見てもアパダーナの柱は高く、気分は高揚
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万国の門、偶像崇拝嫌いのムスリムに頭部が破壊されており残念、アジャンタ・エローラとか龍門でも思ったが頭部だけを破壊するのは悪質というかなんとも言えない気分にさせられる。近くに王たちが座って謁見の時を待ったというベンチもある(真偽の程は知らん)
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東階段のレリーフが有名だがアパダーナの東側以外のレリーフも面白い。
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天高くそびえる柱、当時は柱の頭に双頭鷲や獅子の彫像が据えられ、屋根はレバノン杉でできていたとか、今や屋根はなく、レバノンにレバノン杉もない。
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ダレイオス一世の宮殿は綺麗に残っている。一見すると窮屈そうな住居に見えるけれどこんな所に本当に王が居たのだろうか?
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ゾロアスター教のアフラ・マズダが見え隠れする。
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ガイドとドイツ人は口論になっていた。左がガイドで右がドイツ人の一人
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ガイド:「この頃のイランは広大な範囲を征服して云々...」
ドイツ人:「イラン?ペルシアだろ?今のイランとペルシアは何の関係もないだろう?」
ガイド:「なんだと?」
とか
ガイド「イランはアーリア人の国で云々...」
ドイツ人「アーリア人?なんだそりゃ?」
ガイド:「我々のことだ、ドイツ人もアーリア人の一種だ」
ドイツ人「お前ら目青くないじゃん」
とかそういうやり取りをし続けていた。ガイドの発音の悪さを茶化したりとこのドイツ人はかなり態度が悪かったが、まあなんとも言えない。
あとで聞いた話によるとイラン・イラク戦争の因縁でドイツとイランは関係がよろしくないとか。
東階段のレリーフは圧倒的、各属州からの使者の間に立つ木は友好の象徴らしい、花のレリーフはperfectionの象徴とのこと。
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碑文は三種類の異なる文字で刻まれていた。
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タクシーをチャーターすればよかったと後悔しつつ、先に立たない。

ドイツ人とガイドの喧嘩もあったせいか余り落ち着いてペルセポリスを見れずに若干後悔、遺跡は自分の足でのんびり見るほうが性に合ってるんですよねー。パサルダガエが大雨で見学不能だったので渋々シーラーズへ戻り、バーザールを散策したり、飯を食ったりして夜行バスまでの時間を潰す。
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シーラーズ 陽光差し込む祈りの間、虹により水を

早朝・誰もいない城壁

前日に夕食も満足に食べないまま眠りに落ちたせいか、この日の目覚めはやたらと早く、予定通りシーラーズ中を回れそうだと確信して浮き足立つ。
まずはキャリーム・ハーン城塞、こんなのが町の中心に据わっている。
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そしてちびっ子たちに絡まれ写真をとられる。僕は外国の子供の写真をとってホクホクする趣味はないのだが1枚くらいはと思い撮ったのがこれ
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どうやら遠足できているようだった。このまま同じコースを回るはめになりそうだと思うと少し気が重くなった笑
当時の装飾もよく再現されていて、内部の庭園も手入れが行き届いていた。見どころはこうでないとイカンと思う。
エイヴァーン?とステンドグラスの組み合わせが独特の美しさを生んでいる。
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ちびっ子達を避けて・マスジェデ・ナスィール・モスクへ

道なりに観光を続けようと思ったら、キャリーム・ハーン城塞に居たちびっ子軍団がちらついたので順番を変更することにした。
1887年に建造されたマスジェデ・ナスィール・モスクへ、方向音痴は何時まで経っても治らないもので、一度目の前まで行きながら通りすぎて、肉屋のおっさんに教えてもらった。旅人が迷っていると親切に教えてくれる人が居るのはいいことだ。ガイドブックを一瞥するだけでステンドグラスを通過して鮮やかな光の差し込む礼拝堂は魅力的だと分かる。入場料を払って内部へ、
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礼拝堂の美しさに息を飲む、息を飲み続けて呼吸ができないほど、じっと座り、絶対的なものに対して祈りを捧げようと自然に思ってしまう様な空間だった。
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一神教世界における神はただでさえよくわからないのだが、イスラム教は偶像崇拝を禁止していることもあって更に分からない。ただ「美しい」と感じるだけで帰るのは嫌だったので、敷かれた絨毯の上にあぐらをかいて、しばらく上を見上げたり、ステンドグラスに見入ってみたりみたりを繰り返した。

オフシーズンにつき

マスジェデ・ジャーメとシャー・チェラーグ廟の周りで大規模な補修作業が行なわれていて非常に残念だった...ぐぬぬ。音もうるさいし、何よりクレーンがいくつも立ってるのが景観をぶち壊していたのでがっかり。

バーザール、伝統家屋

歩き方に乗っているチャイハーネへ行く。昼飯をくおうと思ったのに、料理はないといわれてしまい、コーヒーとお菓子で我慢することに、シーラーズは、メインストリートにめぼしいレストランが少なかったように思う。
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意味不明すぎる再現模型

モスクの横に併設された昔のハンマーム(公衆浴場)へ、再現模型が色々置いてあるのだが顔つきがよろしくなくて笑ってしまった。
装飾の再現については特に文句はないのだが
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手前の寝ている人とか顔つきわるいというか...死んでませんか?
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ペルシア式庭園は冬は微妙

あとペルシア式庭園が世界遺産になっているのでタクシーを捕まえてエラム庭園へ、タクシー代は40円とか、イランの物価は安すぎるくらい安かった。そのくせ単位が大きいのでいくら払っているんだがよくわからなくなる。
しかし冬なので水路に水がなかったりで微妙であったエラム庭園。薔薇の季節に来るべきだった。
これが世界遺産なら浜離宮も世界遺産でいいはずだ!と若干の憤り、残念な世界遺産もあるのがユネスコ世界遺産巡りの面白いところですね。
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昼飯

一瞬昼飯難民になってしまい、一人ラマザーンならぬ、町中をあちこちを彷徨いあるくゾンビと化してしまったので、神の光で焼き払われそうだったが、日頃の行いが良いこともあってか、歩きまわってつかれた所に天啓が訪れ、指差し注文で無事注文。量が多いが味は確か、しかも200円くらい。
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テヘラン その2 博物館が全てお休みで落胆、ホメイニー師の霊廟へ、実は革命記念日(fuck 地球の歩き方)

テレビに映るアザーティタワーと民衆

起きる。音が欲しくてテレビを付けっぱなしにして寝たのだが、朝起きるとアザーティタワーに民衆が集まってワイワイやっているのが映っている。画質が悪くてよくわからないが、おそらくイランのことだから昔の映像を流して革命を賛美しているのだろうと勘違い。とりあえず近くにある少し高めのホテルのタクシーブースに行って博物館めぐりのためのタクシーをチャーターするのにいくら掛かるか尋ねる。ついでに、この日の午後にシーラーズに飛ぶ予定だったので空港までのタクシーの相場を把握したかった。ブースのドライバーに博物館に行きたいと告げる。困った顔をされる。
とりあえずチャイを飲めとチャイを差し出される。「お前英語喋れるか?」みたいな会話がドライバー間で始まる。電話をかけたりしながら、英語が喋れるドライバーを探してくれているみたいだ。いかにもイランのタクシードライバー風の黒ひげのオヤジが電話を僕に手渡す。お姉さんの声「今日は祝日なんです。だから博物館はみんなおやすみです」「ファッ?!」「おやすみです。祝日です。わかりますか?」「いやそのわかります。ありがとう」日曜日は平日じゃないのか?と思いながら、とりあえず退散し、そのホテルで朝食を取ることに500-800円くらいと思ったけれど覚えていない。

朝飯

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エマーム・ホメイニーの霊廟へ

タクシーブースに戻る。さっきのオヤジとガイドブックを付きあわせて相談し、30万リアルでエマームホメイニーの霊廟へ行ってもらうことに、€6くらい。安いな。
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遠くからでも目立つ銀色の霊廟、ホメイニー師の棺の周りは意外と撮影OKだった(ケイタイは持ち込める)朝早いせいかそんなに人が居なかった。家族連れが何組もやってきたり、カジュアルに家族連れ立って来る場所のようだった。ドライバーに聞くと「ホメイニーは偉大な男だ」とのこと*1
帰りがけに、他の場所もいくか?と聞かれ、地球の歩き方には乗っていないエマームの聖廟へ

エマームなんとやらの聖廟

ドライバーが水道で頭・顔・手・靴を脱いで足の順で清めているのをみて、ああ、そういう場所なんだと思い僕も日本流で手と口を清める。内部の写真は取れなかったが、鏡モザイクが作り出す無限の空間に飲み込まれるようだった。その中で棺?の周りの格子に手をついて一心に祈るもの、クルアーンを読み上げているものなどいて、ドライバーに従って来た介があったと思った。
綺麗なエイバーン
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テヘランミラッドタワー

次にテヘランの新しいランドマークと言うか、世界で6番目に高いテヘランミラドタワーへ大気汚染がひどくテヘランの大パノラマはだいぶ見通しが悪い。そして、スカイツリーが世界一だよ~と紹介され若干気まずい感じになる笑
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スカイツリーの模型もあり、ガイドも紹介していた。
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三箇所回ってドライバーとお別れ、途中でペルシア語の教本を見せたらかなり興味深そうに読んでいた。ドライバーの名前はAbbasと言うらしい。アッバース大帝と同じ名前ですな。

絨毯博物館特攻失敗

昼過ぎにドライバーと別れたのでその足で絨毯博物館へ、空いているかな〜と思ったのだ。それにしても道中で平日なのに銀行がみんな閉まっていておかしいなぁ(祝日という自覚がなかった)と思いながら歩く。公園内にある絨毯博物館へ行くもののやはり閉まっているぐぬぬ。
公園は割りとピースフル、インドみたいに野犬がうろついていることもない
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町中
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シーラーズへ

陸路移動が好きでない*2ので夕方にメフラバード空港からシーラーズへ飛ぶ。国内線ターミナルまではそんなに時間がかからない模様(というかIKAがクソ空港なだけですかね)シーラーズに夜ついて、アンヴァリー通りにある安宿にチェックイン、タクシーの運転手が「カラテー、ジャッキー・チェンブルース・リー」を連呼していたが放っておいた。
シーラーズの夜、変なハンバーガー屋に人だかりができている。
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余り観光らしい観光はしていませんが、この日はこれで終わり。

*1:後述しますが、出国日のタクシードライバーは正反対でした。上辺でこう言っていただけなのか、本心でそう思っているのかは不明

*2:*疲れる・時間かかる・安いのはさておき

テヘラン その1 途上国的大気汚染、インド的な騒々しさ、首都テヘラン迷走記

テヘランイン、なぜかホテルでない所に泊まることに

01:50@テヘラントルコ航空は上空の混雑??か何かでバッチリ1時間くらいディレイしてテヘランに到着、この時間から宿を探さなければいけないのが気が重い。しかもテヘランのエマームホメイニー国際空港はアクセスが非常に悪いことで有名。インドみたいににタクシーに乗ったらゲームオーバー(むしろボーナスステージか)なことはないと信じているが若干の不安がある。初っ端からボられるのは気分がいいものではない。入国審査もそつなく終え(若干アメリカの出国スタンプがないのが問題になった)て、荷物を回収、この時点で2時、朝まで空港にいるしかないかと思ったその時「やあ、日本から来たのかい?僕はイギリスの大学に通ってる学生なんだけど、何か助け舟を出そうか?」と髭面の大きなイラン人に声を書けられる「いやー空港からテヘラン市内は遠いし、この時間だろ?ホテル予約出来る窓口があるから、そこに連れて行ってあげるよ」適当に了承する。「自称学生のやつは大抵怪しい」の法則かと思い、身構えていた。結局イラン流のテキトーさか何かかわからないけれど、24時間空いているはずの窓口は係員が不在で「僕のクルマで送ってあげるよ、弟も来てるんだ」「あ、父さんも来てるみたいだ、まあとりあえず乗りなよ、ホテルまで連れて行って上げよう。予算は?」あんまり安い額を言うのも失礼かと思い。$50-$80といっておく「まあ大丈夫だと思うよ」とのこと
VANDADというイラン人で、30才、オックスフォードで建設のマネジメントの修士号を取ろうとしているらしい、弟は建築家、父は建築会社を経営しており、日本で仕事をしたこともあるとか、そのままどういうわけかその人の家に泊めてもらうことに。ラッキー?紅茶とお菓子と朝ごはんののお世話になりました。

ホテル探し・迷う

さて、VANDADの家はテヘラン北部の富裕層が住む地帯に会ったので地球の歩き方やらロンリープラネットに乗っているホテルまでは随分距離がある。しかもあろうことか空港での両替を忘れ手持ちのかねが$か€のみ。結局両替所までタクシーに乗って、1ドル札が2枚しかない旨を伝えてドライバーから叩きだされ(と言ってもボラれているが、$1以下の札は持っていない)両替を終える。少々両替しすぎた。
その後は延々とテヘランの町をさまよい、ようやく町の南部へ、ホテルに荷物を置き、外出。博物館などはできるだけ回っておきたい。
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昼飯

といっても腹が減っては戦はできないので昼飯に、テキトーに大衆食堂に入り、指差し注文、キャバーブだ
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玉ねぎがなぜ出てくるのかは分からないが、うまい。これで500円くらい。

博物館間に合わず、エマームホメイニー広場からバーザールへ

結局その後も迷子になったり満員(日本人的にも)の地下鉄で押し出され再乗車できなかったりで、ゴレスターン宮殿博物館に向かうも門番に「閉まってるよ〜、明日は休みだよー」といわれゲームオーバー、仕方ないのでバーザールを散策して帰ることにする。
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宮殿の周りはピースフル
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バーザールには大勢の人が
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続かない旅行記でも書き始めようか

旅行

修論を終えて、逃げるように海外へ逃亡し、今はアルメニアに居る。3月1週目までにクロアチアザグレブまで行く予定なのだが、明らかに日程が足りない。コーカサス諸国を大急ぎで抜けようと思っていたのだが、今日イェレヴァンの町中で女の子に絡まれ、その子に木曜日に日本文化を紹介することになったのでコーカサスパッシングは見事に失敗である。最悪の場合、イスタンブールからザグレブの間を飛行機で飛ぶことになりかねない。しかし、それでも良い気がしてきた。

一人旅

一人旅をしていると、どうして一人旅をしているのか途方にくれることがある。特に、同じ国に居続けるとそういう感じが強くなる。旅の表層部分である、訪問している国の真新しさ、それは文字であっても、言語であっても、食文化であっても、宗教であってもなんでもいいのだが、新鮮味が失せていくと同時に夜の街歩きの魅力が半減とまでは行かずとも減少する。その上で楽しめるかが鍵になってくるのだが、一人で居ると新鮮味の谷、もしくは沼に心が落ち込んで、宿で延々と本を読み続けたりと、旅先でなくてもできることに時間を費やしてしまうことがある。多分、僕の中には一人旅に向いていない部分が多くあるのだろう。決して日本語が恋しいとかそういうことではないのだけれど、その谷に心が落ち込んでいるときは、今この瞬間に「みんな」のいる場所に居たいという不思議な感覚が強くなるのだ。ただ、これは旅行中だけではない。普段日本にいる時も、時たまにこういう谷間に気分が落ち込むことがある。だからこの心の性向は、別段一人旅の得手不得手とは関係がないのかもしれない。

祈りの空間

いくつもの巨大なモスクやアルメニア教会を見た。石造りの一神教の祈りの空間は、木で作られた多神教の寺院に慣れた僕にとってはとても遠いもののように思われる。冷たい外気をそのまま反映し、時には内部を外部よりも冷やす分厚い石造りの祈りの空間、内部の空間構成と装飾は対称性が過度に強調され、人びとはそこでただ一心に祈っているようにみえる。ただ、実際の所、祈る姿を演じているのか、祈っているのかは分からない。演じること自体が祈りの形式である可能性も高い。むしろ、一心不乱に捧げるように振る舞うことで、宗教という大きな物語の中に自分を位置づけるのだろうか。モスクもアルメニア教会(多くのカトリックの教会)は、内部への陽光の侵入を静かに拒んでいるように見える(もちろん、同時に、積極的に、選択的に取り込んでいるという風にも考えられる)。光なき静謐な空間こそが祈りに必要であるからだろうか?太陽神なんていうものも存在するけれど、もしかしらた一神教の世界において太陽は敵対すべき光なのではないだろうかなんて考えてしまう。太陽はこうこうと天に輝き、ある意味で自然の代表であると考えられる。良くも悪くも、人間は太陽の意向には逆らえずに生きている。教会やらモスクやらというのは、一旦は自然の代表を拒絶することで祈りの空間を構成するのかもしれない。日本においては、天照というのは非常に位の高い神様であるのだけれど、それは多分日本の自然というのが一神教世界のそれよりも優しいからではないか?(と思ったが日本は台風やら地震やらを抱えていて、自然が常に優しいわけではない)
答えが出ない。

さしあたって

さしあたって、旅行記を書き始めようと思う。スペインの旅行記も未完成のままであるから、こちらも順次(ただし写真が日本にあるので帰国後に)書き足していこうと思う。
というのも、旅行記をつけているノートを見返していたら、1年前にした旅行の旅行記が自分にとってかなり実りの多いものであったからである。1年前の自分の半分は他人なんだなと実感させられる今日このごろです。