エスファハン その2 古都巡り、京都とは又違う、
古都滞在
エスファハンでダラダラすることに決めていたのでダラダラする。エマーム広場には延々と居続けてもいいと思ったし、古都の空気感は少し滞在しないと分からないというのもある。時の重みを吸い取ったゆっくりとした空気が流れているからだ。京都然り、古都というのは不思議なチカラを持っていると思う。
アルメニア人自治区
エスファハンで信仰を守ってきたアルメニア人の自治区、今はアルメニア人の人口は減っているらしい。反イスラム的とされるネクタイをした神父とかを見かけた、頑張ると酒も買えるらしい。
ベツレヘム教会
ヴァーンク教会
小さな十字架が付いている。
庭園
ペルシア式庭園は世界遺産なのだが、冬は残念な感じ、バラの咲く季節に来たい。
マスジェデ・ジャーメ
長い長いバーザールを抜けるとマスジェデ・ジャーメなどがある。金曜のお祈りの時間には祈る人で満ち溢れるんだろう。
その他モスク
高いミナーレ、ここはよくわからない位置にあるので迷っていたらその辺のイラン人が助けてくれた。「あそこ迷う人おおいんだよね、よく聞かれるよ笑」とのこと。
葬式みたいのやっててバツが悪かったので逃げ出した。子どもたちに絡まれ、「ホンダ、カガワ」とか言われた。少年たちはどの国もサッカーが好きみたいね。イランはバレーも盛んみたいだけど。
ハマーム
あんまたいしたことないけれど、昔の共同浴場が残っている。よくできているなーというか、プールみたいに結構深い湯に浸かるんだなという感想。
これは昔のイランの国章だとか、王家の紋章
思い出
この日は昨日ポストカードを投函する際にモレスキンを置き忘れており、非常に焦った。現金分散の一環でモレスキンのポケットに€200入れていたんですよね。現金がなくなること自体は貧しくなるだけなのでいいんだけれど、旅の日記とかつけているノートなのでなくなると悲しい。ということで取りに行ったんだけど、英語のわかる職員が居なくて容量を得ない。探していたらエスファハンで開催している映画祭の関係者?かなにかのパリの大学で哲学を嘗て選考していたモハンマド君に出会い、助けてもらいました。あまり英語喋れてなかったけど、フランス語はペラペラでした。3時間くらいノート探しに付き合ってもらったので非常に助かりました。なんというか...いい人たち多いなと。ついでに彼のおじさんが職人らしいので工房を見せてもらったり。ありがとう!!
エスファハン その1 エマーム広場
病床
この日記はトルコで書いているのですがアンカラで高熱を出してかなりピンチでした。トルコはまだいいけどマラリアの感染地域だったらうかうかしていられないんだろうなとゾッとした。アスピリン飲んで一日潰したら治りましたが。
夜行でエスファハン
夜行バスはこんなのくれます。
VIPクラスだと足も伸ばせて日本の夜行バスより快適、ただ、時間より早く着いてしまって残念。夜行バスが早くつくと外でまったり暗闇の中で待機する時間ができて嫌なんですよね。ちなみにイラン航空はもっとエキサイティングです笑。
エスファハン エマーム広場にて
まずはペルセポリスのポストカードを出すために郵便局へ、結構遠い*1
エマーム広場でほぼ半日近くを潰して後はグダグダしていたので、エマーム広場の写真をメインに。今のイランの政治体制にははっきり言ってイカれた部分しかないと思うけれど、この広場を建造したイラン人の美的感覚には感服する。一神教の神に捧げることでしか生まれないある種の美、有限のタイルから幾何学的効果によって無限を生もうとする飽くなき努力、見果てぬ上天を感じた。
エマーム広場
シェイク・ロトフォラー・モスク
モスク・エマーム
上方から
ちなみにこのまちで初めて物売りらしい物売りを見ました。面倒だった笑
一神教ってだけでよくわからんのだけれど、イスラム、そしてシーア派となると更に良くわからん....
「うむ、わからん」
ってやつだと思います。
エマーム広場の美しさには圧倒されるんだけれど、中国人の女の子に言わせると天安門の方がいいと言っていた。その子はイラン中でセクハラを受け続けていてイラン(というかイスラム世界)に対する印象が相当悪かった模様です。天安門広場も龍になった男の廟があるから宗教的にというか政治的な装置としての面白みは確かに上だよなと思ったり。
ペルセポリス ドイツ人とガイドの喧嘩を見ながら
雨降りのシーラーズ
歩き方の項目を何度も何度も読み返すくらいに楽しみにしていたペルセポリス。タクシーの運転手と面倒な交渉をして疲れ果てるのが嫌だったのでおとなしくツアーを申し込むことに、少し離れたパサルダガエも見学できるから丁度いいと思ったのだが、この日は雨模様、結局パサルダガエ近辺は大雨が降っており、到達できなかった。
まずはナグシェ・ロスタムへ
このように墓が並んでいる。遺跡ってのは何だかんだで見てるとワクワクするんですよね。しかも紀元前に作られた物と言われるとなおさら。
臣民が王を支える図が見える。
ローマ皇帝の手首を掴んでいる。
同じ形式で墓を作るっていうのは宗教的意味合いもあると思うんだけれど、ダレイオス一世を含め当時の王たちは自分たちの王朝が永遠に続くことを望んでいたのだろうか?(そりゃそうだと思うけれど)
ガイドの解説に何度か同じツアーに参加しているドイツ人3人組の一人が噛み付いていた。あとで積もり積もってガイドを怒らせることになる。
序盤のメインディッシュ:ペルセポリス
各属州の王たちが馬で登っていった階段をあがる。遠目に見てもアパダーナの柱は高く、気分は高揚
万国の門、偶像崇拝嫌いのムスリムに頭部が破壊されており残念、アジャンタ・エローラとか龍門でも思ったが頭部だけを破壊するのは悪質というかなんとも言えない気分にさせられる。近くに王たちが座って謁見の時を待ったというベンチもある(真偽の程は知らん)
東階段のレリーフが有名だがアパダーナの東側以外のレリーフも面白い。
天高くそびえる柱、当時は柱の頭に双頭鷲や獅子の彫像が据えられ、屋根はレバノン杉でできていたとか、今や屋根はなく、レバノンにレバノン杉もない。
ダレイオス一世の宮殿は綺麗に残っている。一見すると窮屈そうな住居に見えるけれどこんな所に本当に王が居たのだろうか?
ゾロアスター教のアフラ・マズダが見え隠れする。
ガイドとドイツ人は口論になっていた。左がガイドで右がドイツ人の一人
ガイド:「この頃のイランは広大な範囲を征服して云々...」
ドイツ人:「イラン?ペルシアだろ?今のイランとペルシアは何の関係もないだろう?」
ガイド:「なんだと?」
とか
ガイド「イランはアーリア人の国で云々...」
ドイツ人「アーリア人?なんだそりゃ?」
ガイド:「我々のことだ、ドイツ人もアーリア人の一種だ」
ドイツ人「お前ら目青くないじゃん」
とかそういうやり取りをし続けていた。ガイドの発音の悪さを茶化したりとこのドイツ人はかなり態度が悪かったが、まあなんとも言えない。
あとで聞いた話によるとイラン・イラク戦争の因縁でドイツとイランは関係がよろしくないとか。
東階段のレリーフは圧倒的、各属州からの使者の間に立つ木は友好の象徴らしい、花のレリーフはperfectionの象徴とのこと。
碑文は三種類の異なる文字で刻まれていた。
タクシーをチャーターすればよかったと後悔しつつ、先に立たない。
ドイツ人とガイドの喧嘩もあったせいか余り落ち着いてペルセポリスを見れずに若干後悔、遺跡は自分の足でのんびり見るほうが性に合ってるんですよねー。パサルダガエが大雨で見学不能だったので渋々シーラーズへ戻り、バーザールを散策したり、飯を食ったりして夜行バスまでの時間を潰す。
シーラーズ 写真 残り
バーザールの写真とかを整理
シーラーズ 陽光差し込む祈りの間、虹により水を
早朝・誰もいない城壁
前日に夕食も満足に食べないまま眠りに落ちたせいか、この日の目覚めはやたらと早く、予定通りシーラーズ中を回れそうだと確信して浮き足立つ。
まずはキャリーム・ハーン城塞、こんなのが町の中心に据わっている。
そしてちびっ子たちに絡まれ写真をとられる。僕は外国の子供の写真をとってホクホクする趣味はないのだが1枚くらいはと思い撮ったのがこれ
どうやら遠足できているようだった。このまま同じコースを回るはめになりそうだと思うと少し気が重くなった笑
当時の装飾もよく再現されていて、内部の庭園も手入れが行き届いていた。見どころはこうでないとイカンと思う。
エイヴァーン?とステンドグラスの組み合わせが独特の美しさを生んでいる。
ちびっ子達を避けて・マスジェデ・ナスィール・モスクへ
道なりに観光を続けようと思ったら、キャリーム・ハーン城塞に居たちびっ子軍団がちらついたので順番を変更することにした。
1887年に建造されたマスジェデ・ナスィール・モスクへ、方向音痴は何時まで経っても治らないもので、一度目の前まで行きながら通りすぎて、肉屋のおっさんに教えてもらった。旅人が迷っていると親切に教えてくれる人が居るのはいいことだ。ガイドブックを一瞥するだけでステンドグラスを通過して鮮やかな光の差し込む礼拝堂は魅力的だと分かる。入場料を払って内部へ、
礼拝堂の美しさに息を飲む、息を飲み続けて呼吸ができないほど、じっと座り、絶対的なものに対して祈りを捧げようと自然に思ってしまう様な空間だった。
一神教世界における神はただでさえよくわからないのだが、イスラム教は偶像崇拝を禁止していることもあって更に分からない。ただ「美しい」と感じるだけで帰るのは嫌だったので、敷かれた絨毯の上にあぐらをかいて、しばらく上を見上げたり、ステンドグラスに見入ってみたりみたりを繰り返した。
オフシーズンにつき
マスジェデ・ジャーメとシャー・チェラーグ廟の周りで大規模な補修作業が行なわれていて非常に残念だった...ぐぬぬ。音もうるさいし、何よりクレーンがいくつも立ってるのが景観をぶち壊していたのでがっかり。
バーザール、伝統家屋
歩き方に乗っているチャイハーネへ行く。昼飯をくおうと思ったのに、料理はないといわれてしまい、コーヒーとお菓子で我慢することに、シーラーズは、メインストリートにめぼしいレストランが少なかったように思う。
意味不明すぎる再現模型
モスクの横に併設された昔のハンマーム(公衆浴場)へ、再現模型が色々置いてあるのだが顔つきがよろしくなくて笑ってしまった。
装飾の再現については特に文句はないのだが
手前の寝ている人とか顔つきわるいというか...死んでませんか?
ペルシア式庭園は冬は微妙
あとペルシア式庭園が世界遺産になっているのでタクシーを捕まえてエラム庭園へ、タクシー代は40円とか、イランの物価は安すぎるくらい安かった。そのくせ単位が大きいのでいくら払っているんだがよくわからなくなる。
しかし冬なので水路に水がなかったりで微妙であったエラム庭園。薔薇の季節に来るべきだった。
これが世界遺産なら浜離宮も世界遺産でいいはずだ!と若干の憤り、残念な世界遺産もあるのがユネスコ世界遺産巡りの面白いところですね。
昼飯
一瞬昼飯難民になってしまい、一人ラマザーンならぬ、町中をあちこちを彷徨いあるくゾンビと化してしまったので、神の光で焼き払われそうだったが、日頃の行いが良いこともあってか、歩きまわってつかれた所に天啓が訪れ、指差し注文で無事注文。量が多いが味は確か、しかも200円くらい。
テヘラン その2 博物館が全てお休みで落胆、ホメイニー師の霊廟へ、実は革命記念日(fuck 地球の歩き方)
テレビに映るアザーティタワーと民衆
起きる。音が欲しくてテレビを付けっぱなしにして寝たのだが、朝起きるとアザーティタワーに民衆が集まってワイワイやっているのが映っている。画質が悪くてよくわからないが、おそらくイランのことだから昔の映像を流して革命を賛美しているのだろうと勘違い。とりあえず近くにある少し高めのホテルのタクシーブースに行って博物館めぐりのためのタクシーをチャーターするのにいくら掛かるか尋ねる。ついでに、この日の午後にシーラーズに飛ぶ予定だったので空港までのタクシーの相場を把握したかった。ブースのドライバーに博物館に行きたいと告げる。困った顔をされる。
とりあえずチャイを飲めとチャイを差し出される。「お前英語喋れるか?」みたいな会話がドライバー間で始まる。電話をかけたりしながら、英語が喋れるドライバーを探してくれているみたいだ。いかにもイランのタクシードライバー風の黒ひげのオヤジが電話を僕に手渡す。お姉さんの声「今日は祝日なんです。だから博物館はみんなおやすみです」「ファッ?!」「おやすみです。祝日です。わかりますか?」「いやそのわかります。ありがとう」日曜日は平日じゃないのか?と思いながら、とりあえず退散し、そのホテルで朝食を取ることに500-800円くらいと思ったけれど覚えていない。
朝飯
エマーム・ホメイニーの霊廟へ
タクシーブースに戻る。さっきのオヤジとガイドブックを付きあわせて相談し、30万リアルでエマームホメイニーの霊廟へ行ってもらうことに、€6くらい。安いな。
遠くからでも目立つ銀色の霊廟、ホメイニー師の棺の周りは意外と撮影OKだった(ケイタイは持ち込める)朝早いせいかそんなに人が居なかった。家族連れが何組もやってきたり、カジュアルに家族連れ立って来る場所のようだった。ドライバーに聞くと「ホメイニーは偉大な男だ」とのこと*1
帰りがけに、他の場所もいくか?と聞かれ、地球の歩き方には乗っていないエマームの聖廟へ
エマームなんとやらの聖廟
ドライバーが水道で頭・顔・手・靴を脱いで足の順で清めているのをみて、ああ、そういう場所なんだと思い僕も日本流で手と口を清める。内部の写真は取れなかったが、鏡モザイクが作り出す無限の空間に飲み込まれるようだった。その中で棺?の周りの格子に手をついて一心に祈るもの、クルアーンを読み上げているものなどいて、ドライバーに従って来た介があったと思った。
綺麗なエイバーン
テヘランミラッドタワー
次にテヘランの新しいランドマークと言うか、世界で6番目に高いテヘランミラドタワーへ大気汚染がひどくテヘランの大パノラマはだいぶ見通しが悪い。そして、スカイツリーが世界一だよ~と紹介され若干気まずい感じになる笑
スカイツリーの模型もあり、ガイドも紹介していた。
三箇所回ってドライバーとお別れ、途中でペルシア語の教本を見せたらかなり興味深そうに読んでいた。ドライバーの名前はAbbasと言うらしい。アッバース大帝と同じ名前ですな。
絨毯博物館特攻失敗
昼過ぎにドライバーと別れたのでその足で絨毯博物館へ、空いているかな〜と思ったのだ。それにしても道中で平日なのに銀行がみんな閉まっていておかしいなぁ(祝日という自覚がなかった)と思いながら歩く。公園内にある絨毯博物館へ行くもののやはり閉まっているぐぬぬ。
公園は割りとピースフル、インドみたいに野犬がうろついていることもない
町中
テヘラン その1.2 写真追加
バーザールの写真など追加。
突然現れるモスクなど。バーザールとモスクを中心に町が発展してきたのかな。